日常の風景

日常の風景

毎日歩いてる風景を眺めていると四季の変化を実感する瞬間が誰しもある。桜の花が咲いて春の訪れを感じる時・蝉の鳴き声がした時・紅葉の風景を見た時・空から雪が降ってきた時など人それぞれではあるが、季節の訪れに遭遇する。

 

歩いていて喉が渇き、自販機で缶ジュースを買おうとした時に160円という表示を見て、景気の悪さを実感する。稀に100円の自販機を発見した時は凄くラッキーな気分になる。今でこそラッキーと感じるが、少し前なら110円の缶ジュースというのは当たり前の風景であったのに、慣れとは恐ろしいものだと時々実感する。よく通っていたお店が潰れて数ヶ月ぐらい経った時に、前はこの場所に何のお店があったんだっけ?

 

と忘れる時さえあるのだ。始めはお店が無くなって少し物寂しいと感じるのに、暫くすると気にしなくなるのだ。毎日同じでつまらないと感じてはいるが、全く同じ日というのは無い筈なのに同じと感じてしまうのも改めて考えてみると不思議なものである。忙しさから生じる気持ちの余裕が無くなってくると、日々少しずつ変わっていく風景に気付かずに毎日が過ぎていくのだ。

 

風景の変化を感じる時というのは、気持ちに余裕がある時や日々の緊張感から開放された時などリラックス状態の時が多い。子供の時は毎日遊んで疲れて芝生に大の字になって空を見上げて雲の流れを見たり草木の香りがしたり、疲れている筈なのに子供の頃の自分の方が風景を楽しめていたのではなかろうとさえ感じる時もある。昔よく遊んでいた公園なども今では砂場が無くなってたりすると衛生面の認識が今と昔では本当に違うと実感する。時代の流れで子供達が遊べる場所も変化する。これが私の日常の風景。